業務改善助成金で賃上げの原資をつくる|令和8年度の要件・金額・申請スケジュール(規程ひな形つき)
2026年度の最低賃金引き上げの目安が示され、賃上げの原資が課題になる中小企業向けに、業務改善助成金(令和8年度)を実務目線で解説。対象要件、コース別の上限額と助成率、9月1日からの申請期間と「発効日の前日まで」の落とし穴、準備すべき帳簿、たたき台として使える事業場内最低賃金規程のひな形まで。
はじめに|賃上げの原資をどうするか
2026年7月28日、中央最低賃金審議会から2026年度(令和8年度)の地域別最低賃金の引き上げ額の目安が示されました。全国加重平均で55円、目安どおりに改定されれば1,176円という水準です(中央最低賃金審議会の資料/答申の内容は 【速報】2026年度の最低賃金、引き上げ目安を答申 にまとめています)。
なお、この段階で決まったのはあくまで「目安」です。各都道府県の正式な改定額と発効日は、地方最低賃金審議会の答申等を経て、例年8〜9月に公示されます。
とはいえ、一定の引き上げが見込まれることを前提に準備を進める必要はあります。そこで課題になるのが「その原資をどうするか」です。人件費の増加を吸収する道は、大きく分けて価格転嫁と生産性向上の2つ。このうち生産性向上を国が金銭面で後押しする制度が、業務改善助成金です。
制度をひとことで言えば、「事業場で最も低い時給を50円以上引き上げ、あわせて生産性が上がる設備を導入した場合に、その設備費用の3/4(または4/5)を助成する」というものです。必要な賃上げと生産性向上投資を同じ時期に計画する場合、活用を検討できる制度と言えます。
本記事では、令和8年度の要件・金額・スケジュールを実務目線で整理し、あわせて申請時に必要になる事業場内最低賃金規程のひな形を掲載します。
本記事は令和8年度の公表資料(2026年8月時点)に基づく一般的な解説です。要件・様式・金額は年度や募集回で変わることがあります。申請前に必ず最新の交付要綱・要領をご確認いただくか、管轄の労働局・社労士にご相談ください。
この記事でわかること
- 自社が対象になるかどうかの判定方法(事業場内最低賃金の出し方)
- コース別の上限額と助成率、実際にいくら受け取れるかの計算例
- 9月1日からの申請期間と、見落としやすい2つの期限
- 申請前に準備しておくもの(帳簿・見積もり・規程)
- たたき台として使える 事業場内最低賃金規程のひな形
対象になるかどうか|3つの要件
次の3つをすべて満たす事業場が対象です。
- 中小企業・小規模事業者であること(大企業と密接な関係にある「みなし大企業」でないこと)
- 事業場内最低賃金が、令和8年度の地域別最低賃金額未満であること
- 解雇、賃金引き下げなどの不交付事由がないこと
申請は事業場ごとに行い、同一事業場の申請は年度内1回までです。工場と事務所が別の事業場であれば、それぞれ別の申請になります。
「事業場内最低賃金」の出し方
ここがすべての起点です。事業場内最低賃金とは、その事業場で最も低い時間給のことです。ただし業務改善助成金では、その基準となる労働者について、雇用保険被保険者であり、かつ雇入れ後6か月を経過していることが求められます。
月給者がいる場合は、時給に換算して比較します。このとき、次の賃金は比較から除外します。
- 賞与など、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
- 割増賃金(時間外・休日・深夜)
- 通勤手当
- 家族手当
- 精皆勤手当
- 臨時に支払われる賃金
つまり「手当を全部足せば最低賃金を超えている」という考え方は誤りです。パート・アルバイトの時給だけを見て「うちは関係ない」と判断せず、月給者も時給換算して確認してください。
いくらもらえるか|コース・上限額・助成率
助成額は、次の2つを比べて低い方になります。
① 設備投資等にかかった費用 × 助成率
② コース別の助成上限額
助成率は、事業場内最低賃金の水準で決まります。
| 事業場内最低賃金 | 助成率 |
|---|---|
| 1,050円未満 | 4/5 |
| 1,050円以上 | 3/4 |
助成上限額は、引き上げ額のコース(50円・70円・90円)と、賃金を引き上げる労働者の人数、そして事業場の規模で決まります。
50円コース(事業場内最低賃金を50円以上引き上げ)
| 引き上げる労働者数 | 事業場規模30人未満 | それ以外 |
|---|---|---|
| 1人 | 40万円 | 30万円 |
| 2〜3人 | 70万円 | 40万円 |
| 4〜5人 | 70万円 | 70万円 |
| 6〜7人 | 90万円 | 90万円 |
| 8人以上 | 110万円 | 110万円 |
| 10人以上 ※ | 130万円 | 130万円 |
70円コース
| 引き上げる労働者数 | 事業場規模30人未満 | それ以外 |
|---|---|---|
| 1人 | 50万円 | 40万円 |
| 2〜3人 | 100万円 | 50万円 |
| 4〜5人 | 130万円 | 130万円 |
| 6〜7人 | 180万円 | 180万円 |
| 8人以上 | 230万円 | 230万円 |
| 10人以上 ※ | 300万円 | 300万円 |
90円コース
| 引き上げる労働者数 | 事業場規模30人未満 | それ以外 |
|---|---|---|
| 1人 | 100万円 | 90万円 |
| 2〜3人 | 240万円 | 150万円 |
| 4〜5人 | 270万円 | 270万円 |
| 6〜7人 | 360万円 | 360万円 |
| 8人以上 | 450万円 | 450万円 |
| 10人以上 ※ | 600万円 | 600万円 |
※「10人以上」の区分は、特例事業者が10人以上の労働者の賃金を引き上げる場合にのみ適用されます(特例事業者に当たらない場合は、10人以上を引き上げても「8人以上」の区分が上限になります)。特例事業者とは、①事業場内最低賃金が1,050円未満の事業者、または②原材料費の高騰など外的要因により、申請前6か月間平均の利益率が前年度と比べ3%ポイント以上低下している事業者です。②に該当する場合は、通常は対象外となるパソコン等の新規導入も助成対象になることがあります。
「引き上げる労働者数」の数え方
人数は、事業場内最低賃金の労働者だけではありません。その引き上げによって賃金額が追い抜かれる労働者も、申請コースと同額以上を引き上げれば人数に算入できます。逆に、引き上げ額がコース額に満たない人や、もともと引き上げ後の水準以上の人は数えられません。
なお、人数に算入できるのは雇用保険被保険者です。令和8年度の公表資料では「週の所定労働時間20時間以上の雇用保険加入者が対象」と示されています。実際の資格取得状況は労働者ごとに確認してください。
計算例
- 事業場内最低賃金が1,040円(→助成率 4/5)
- 8人の労働者を90円引き上げ(90円コース →上限 450万円)
- 設備投資額 600万円
このとき、①600万円 × 4/5 = 480万円、②上限450万円。低い方をとって、助成の見込額は450万円となります(実際の支給額は、実績報告後の審査を経て確定します)。
逆に投資額が小さい場合は①が効きます。たとえば設備投資30万円・事業場内最低賃金1,050円以上(助成率3/4)なら、30万円 × 3/4 = 22.5万円が見込額です。上限まで受け取るには、それに見合う投資規模が必要という点は、計画段階で押さえておいてください。
期限|ここで事故が起きます
制度の中で最も注意すべきは金額ではなく、期限と順序です。
| 項目 | 期間 |
|---|---|
| 申請期間 | 令和8年9月1日〜「事業場の都道府県の地域別最低賃金の発効日の前日」または「同年11月30日」のいずれか早い日 |
| 賃金引き上げ期間 | 令和8年9月1日〜発効日の前日 |
| 事業完了期限 | 交付決定年度の1月31日 |
見落としやすい点を3つ挙げます。
① 賃上げは「交付申請の後」かつ「発効日の前日まで」に実施 この助成金は「これから実施するもの」が対象です。したがって、申請前にすでに実施した賃上げは対象になりません。順序としては、交付申請を済ませてから賃上げを実施します(設備投資と違い、賃上げについては交付決定を待つ必要はありませんが、申請より先に上げてしまうと対象外です)。
そのうえで、期限は発効日の前日です。たとえば10月1日に新しい地域別最低賃金が発効する地域なら、9月30日までに引き上げを実施している必要があります。発効日当日の引き上げでは対象になりません。「新しい最低賃金に合わせて10月1日から上げます」という自然な運用が、そのまま不支給の原因になり得ます。
なお、事業場内最低賃金の引き上げを複数回に分けて行うことは認められていません。1回の改定で、申請コースの額以上を引き上げる必要があります。
② 交付決定前に着手すると対象外 順序は必ず「申請 → 交付決定 → 設備の導入・支払 → 実績報告 → 支給」です。発注・契約・納品・施工・支払いは、いずれも交付決定後に行うのが原則で、「先に導入して後から申請」は認められません。見積もりを取るところまでは申請前に行って構いませんが、発注や契約の時期については事前に労働局へ確認しておくと安全です。
③ 予算がなくなれば早期終了 申請期間内であっても、予算に達した時点で募集が終了する場合があります。9月1日の受付開始と同時に出せるよう、8月中に書類を整えておくのが現実的な戦い方です。
何に使えるか|対象になる設備投資
対象は「生産性向上・労働能率の増進に資する設備投資等」です。公表資料では、次のような例が挙げられています。
- POSレジシステムの導入による在庫管理時間の短縮
- リフト付き特殊車両の導入による送迎時間の短縮
- 国家資格者による経営コンサルティング(業務フローの見直し)
- 顧客管理情報のシステム化
在庫管理や顧客管理などの業務システムも対象になり得ます。ただし、対象になるかどうかは、経費の区分(買い切りの導入費か、月額の利用料か)、既存業務との関係、生産性向上との因果関係などをもとに個別に審査されます。月額利用料や保守費などの通常経費は原則として対象外ですし、汎用のパソコン等も原則対象外です(前述の特例事業者②に該当する場合を除きます)。
判断に迷う経費は、発注前に管轄の労働局へ確認してください。
申請前に準備しておくもの
9月1日に即申請するために、8月のうちに揃えておくべきものを整理します。
① 帳簿類
- 賃金台帳(事業場内最低賃金の算定根拠になります)
- 労働者名簿
- 出勤簿(タイムカードや勤怠システムの記録で構いません)
賃金台帳と労働者名簿は労働基準法で作成・保存が義務づけられた法定帳簿、出勤簿等は労働時間の把握・記録として必要な書類です。もし未整備であれば、給与明細・振込記録・タイムカードなどの実際の記録をもとに整備してください(実態と異なる内容で作成するのは論外ですが、実データからの整備は当然に必要な対応です)。
② 賃金引き上げの計画
- 対象となる労働者のリスト(雇用保険の資格取得状況を個別に確認)
- コースの選択(50円/70円/90円)と、引き上げる人数の算定
- 引き上げ実施日(交付申請の後〜発効日の前日まで)
③ 設備投資の計画
- 見積書(複数者から取得するのが原則の運用です)
- 「どの作業が、どれだけ短縮されるか」という生産性向上の説明(計画書の中心になります)
④ 規程の整備 引き上げ後の事業場内最低賃金額を、就業規則等に定めておく必要があります。就業規則がある事業場は賃金規程の改定で対応できますが、就業規則がない場合(常時10人未満の事業場では作成義務がありません)は、次のような1枚の規程を作成し、周知することで対応します。
事業場内最低賃金規程のひな形
【 】を自社の情報に差し替えてご利用ください。
第3条の金額は、次の2つをどちらも満たす額にする必要があります。
- 引き上げ前の事業場内最低賃金 + 申請コースの額(50円/70円/90円)以上
- 改定後の地域別最低賃金以上
新しい地域別最低賃金と同額にしただけでは、コース所定の引き上げ額を満たさない場合があるため注意してください(例:引き上げ前1,230円で50円コースなら1,280円以上、かつ改定後の地域別最低賃金以上)。
あくまでたたき台ですので、既存の就業規則・賃金規程や労働条件通知書との整合を確認したうえでお使いください。
記載例
事業場内最低賃金規程
(目的)
第1条 この規程は、【事業場名】における事業場内最低賃金に
関する事項を定めるものである。
(適用範囲)
第2条 この規程は、【事業場名】に雇用されるすべての労働者に
適用する。ただし、最低賃金法第7条に基づく最低賃金の減額の
特例許可を受けた者を除く。
(事業場内最低賃金額)
第3条 前条の労働者に支払う賃金の額は、時間額【 】円を
下回らないものとする。
2 前項の賃金額には、臨時に支払われる賃金、1か月を超える
期間ごとに支払われる賃金、時間外・休日・深夜の割増賃金
および通勤手当・家族手当・精皆勤手当を算入しない。
(賃金の改定)
第4条 会社は、前条に定める額を下回る賃金を定めた労働契約に
ついて、同条に定める額を下回らないよう必要な改定を行う。
(周知)
第5条 この規程は、【掲示・備え付け・社内共有フォルダ等】の
方法により、全労働者に周知する。
附 則
この規程は、令和8年【 】月【 】日から実施する。
【事業場名】
代表者 【氏名】
作成したら、掲示や配布によって全労働者に周知してください。周知した記録(掲示の写真、配布したメールなど)を残しておくと、実績報告や調査の際に説明しやすくなります。なお、常時10人以上の労働者を使用する事業場では、そもそも就業規則の作成・届出が法律上の義務ですので、あわせてご確認ください。
支給された後も続く義務
助成金は「受け取って終わり」ではありません。
実績報告では、見積書・発注書・納品書・請求書・支払いの記録が、金額と時系列で一致しているかを確認されます。支払いは、証拠書類で支払いの完了を確認できる方法で行ってください(現金払いなどを検討する場合は、事前に労働局へ確認することをおすすめします)。書類一式は5年間の保存が必要です(起算点は交付要綱で定められていますので、あわせてご確認ください)。
また、助成金で取得した財産のうち一定額以上のものについては、処分制限期間中に譲渡・交換・貸付け・担保提供・廃棄・目的外使用などを行う場合、あらかじめ労働局長の承認が必要です。承認を受けて処分し収入が生じた場合などには、助成金の全部または一部の納付を求められることがあります。基準となる金額と処分制限期間は交付要綱で定められていますので、設備を選ぶ段階で確認しておいてください。
社労士エンジニアの視点:申請より「その後」が本番
ここからは、社労士エンジニアとしての視点です。この助成金でシステムを導入する場合、本当に難しいのは申請ではなく導入後の定着です。
- 在庫管理でも勤怠管理でも、入力が続かなければ数字は嘘になります。 導入時に「誰が・いつ・どこまで入力するか」を業務フローとして決め、簡単な手順書を残すところまでをセットにしてください
- 申請時に書いた「生産性向上のストーリー」は、そのまま運用の目標になります。 「この作業が何時間から何時間に減るか」を数字で書いたなら、導入後にその数字を測ってください。実績報告でも説明しやすくなります
- 書類の保存はクラウドに集約を。 見積書から支払記録まで長期間の保存が必要です。紙で分散させると、数年後の確認で必ず苦労します
賃上げは毎年やってきますが、生産性向上の仕組みは一度作れば残ります。助成金はそのきっかけとして使うのが、いちばん健全な向き合い方だと考えています。
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よくある質問
Q1. 税金を滞納していると申請できませんか?
業務改善助成金では、国税・地方税の納税証明書の提出は求められていません。ただし、労働保険料の滞納は不交付事由に当たる可能性があります。労働保険の年度更新をきちんと申告・納付しているかを申請前に確認し、詳細は本制度の最新の交付要綱でご確認ください。
Q2. 賃金台帳がない場合、どうすればよいですか?
賃金台帳・労働者名簿・出勤簿は、労働基準法で作成・保存が義務づけられた法定帳簿です。未整備であれば、助成金の有無にかかわらず整備が必要です。給与明細の控え、振込記録、タイムカードなどの実際の記録をもとに作成してください。振込記録と突合できる状態にしておくことが重要です。
Q3. すでに導入したシステムの費用は対象になりますか?
なりません。交付決定前に発注・契約・導入した設備は助成の対象外です。導入を検討している段階であれば、まず見積もりを取り、申請・交付決定を待ってから発注してください。
Q4. 引き上げた賃金は、後で下げられますか?
賃金の引き下げは不交付事由に該当し得るほか、そもそも労働条件の不利益変更として原則的に認められません。助成金は一度きり、人件費は毎年続くという点を踏まえ、引き上げ幅は経営として持続可能な水準で決めてください。コースを大きくすれば上限は上がりますが、その分の人件費は翌年以降も続きます。
まとめ
- 業務改善助成金は、事業場内最低賃金を50円以上引き上げ+生産性向上の設備投資を行う中小企業に、費用の一部(3/4または4/5)を助成する制度
- 対象かどうかは「事業場内最低賃金が令和8年度の地域別最低賃金未満か」で決まる。月給者も時給換算して確認する
- 助成額は「費用×助成率」と「コース別上限額」の低い方
- 令和8年度の申請は9月1日開始。締切は「発効日の前日」または「11月30日」の早い方で、予算到達で早期終了もある
- 賃上げは交付申請の後・発効日の前日までに実施、発注・契約を含む設備の着手は交付決定後。この順序を外すと不支給になる
- 8月のうちに、帳簿・引き上げ計画・見積もり・規程を揃えておく
当事務所では、業務改善助成金について次のような支援が可能です。
- 事業場内最低賃金の算定(月給者の時給換算・除外賃金の判定を含む)
- 賃金引き上げ計画とコース設計(人件費の持続可能性を含めた検討)
- 賃金台帳・労働者名簿の整備と、労働時間の記録(出勤簿等)の整備支援
- 就業規則・賃金規程・事業場内最低賃金規程の作成
- 交付申請書・事業実施計画書の作成、実績報告までの伴走
「うちは対象になるのか」だけでも構いません。初回相談は30分無料です。お気軽に お問い合わせ ください。料金は サービス・料金ページ にまとめています。
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参考リンク